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2004年7月23日(金)「しんぶん赤旗」

高校生は戦争協力拒否

国会議員に思い伝える

市田氏ら激励


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署名実行委員会の高校生を激励する市田書記局長(立っている人)と山口衆院議員(左端)=22日、衆議院議員会館

 高校生戦争協力拒否宣言アピール署名実行委員会は二十二日、高校生の「憲法九条を守りたい」との思いを憲法調査会の議員に伝えるため、国会要請行動を行いました。東京、埼玉、千葉から二十五人の高校生が参加しました。

 衆議院議員会館内の会議室で行われた集会には、日本共産党から市田忠義書記局長、山口富男衆議院議員が参加し、高校生と懇談しました。

 市田書記局長が参加者を激励。実行委員会から千七百八十二人分の戦争協力拒否宣言署名が手渡されました。

 参加者は戦争協力拒否宣言署名のとりくみや、憲法と平和への思いを発言。「宣伝で出会った人が百人分の署名を集めてくれました」(千葉県)、「一時間で七十六人の署名が集まりました。憲法を知らない人も、僕たちの憲法を守りたい気持ちを伝えると協力してくれます」(東京)、「戦争に行かされるのは、私たち高校生です。私たちが頑張らないと」(都内の高校二年生)と交流しました。

 集会後、実行委員会のメンバーは、四つのグループに分かれ、憲法調査会の議員に陳情しました。


胸張って頑張ろう

市田書記局長のあいさつ

 高校生戦争協力拒否宣言アピール署名実行委員会の国会要請行動での市田書記局長のあいさつ(要旨)は次のとおりです。

 ◇

 いま、自民、民主、公明の各党が憲法をかえようといっています。どこをかえようというのか。それは「戦争をしない」と明記した九条です。国民は九条をかえてほしいなんて願っていません。それを願ってるのはアメリカです。

 いまでも自衛隊は海外にでていってますが、九条が制約になって海外で公然と武力行使はできません。アメリカはそれが気にくわないのです。じゃあ、九条はどうしてできたのか?

 私は野球が好きなんですが、沢村栄治という戦前の名投手は戦争に三度も行き、戦死しました。二十七歳でした。生きていたなら、もっと投げ続け、活躍していたでしょう。先の大戦で三百十万人の日本国民が犠牲になりました。

 そういう人々のあついあつい思いがこめられて「二度と戦争はしない」と誓って確立したのが、憲法九条じゃなかったでしょうか。いまや憲法九条は世界のブランドです。みなさんの憲法九条を守る運動は、まさに世界の大道をいくものです。胸を張って頑張ってください。私たちも一緒に頑張ります。