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2002年11月10日(日)「しんぶん赤旗」

基地のない平和 沖縄の経済振興

あらかきさんに託そう

県知事選で市田書記局長


 投票日まで一週間余りに迫った沖縄県知事選(十七日投票)で、「革新県政の会」の、あらかき繁信候補(60)の勝利をめざす街頭演説が九日夜、那覇市内で開かれ、約千人の県民を前に、日本共産党の市田忠義書記局長が「『二十一世紀は基地のない沖縄に』という願いを、党派をこえてあらかき繁信さんに託そう」と訴えました。

 市田氏は「『基地のない平和で豊かな沖縄』という県民の願いを託せる候補者は誰か、論戦のなかで非常にはっきりしてきた」と強調。十月末に伊江島で発生した米軍物資の落下事故は、読谷村でおこなわれたパラシュート降下訓練がSACO(日米特別行動委員会)合意にもとづき伊江島に移転し、「物」を落とす訓練も加わったために起きたことを指摘。稲嶺知事が受け入れた普天間基地の名護市辺野古への移設や、元副知事の主張する岩国移設では「基地の危険は絶対なくならない、むしろ大きくなることは明らかだ」とのべました。

 市田氏は、あらかき候補の主張する基地の無条件全面返還にたいし、当初、稲嶺知事や元副知事が「現実的でない」と反論していたが、那覇市では基地撤去を掲げる革新市政のもとで、復帰当時、市面積の30%あった基地が、いまは1・5%になっているという事実の前に反論不能に陥っていることを紹介。「基地を容認するのではなく、基地撤去という立場に立つ知事が生まれてこそ、基地をなくす展望が切り開ける」と力説しました。

 くらし、経済の問題で市田氏は、豊かな自然を生かし観光、農漁業・地場産業を応援する政策でこそ、地元経済の足腰を強くし、雇用を拡大する展望が開けると強調。稲嶺県政のもとで失業率が9・4%を記録するなど経済が悪化したのは、「基地とひきかえにした振興策」や企業誘致が中心であり、「四年間で企業を六十一社誘致した」(稲嶺知事)というが、同じ四年間で県内企業が四百六十九社倒産していることを告発。元副知事が掲げる「全県フリーゾーン」も、「他力依存」の発想は同じだと批判しました。

 市田氏は、「沖縄の祖国復帰を実現した力は、革新勢力と県民の団結した力だ」と強調。普天間基地の岩国移設を主張する元副知事の事務所には「保守革新と書いて『青い山脈』と解く。その心は古い上着よサヨウナラ」という標語が張ってあることを紹介。革新でない人が、革新に『サヨウナラ』といっているだけで、『分裂』ではなく『脱落』だ」と批判。「政党の組み合わせでなく、革新の目標で一致する政党、団体、個人が力を合わせるのが、新しい革新共闘だ」とのべ、「あらかきさんへの一票は、沖縄を愛する一票であり、新しい革新結集を切り開く一票だ」とよびかけました。

あらかき候補が革新県政へ決意

 大きな拍手と歓声で迎えられた、あらかき候補は「稲嶺県政が進める名護市への新基地建設、那覇軍港の浦添移設は二十一世紀のかなたまで、県民に基地の苦しみを押しつけるもの。これにストップをかける革新県政をつくりましょう」と決意表明。元沖縄社会大衆党たんぽぽの会会長の安里光子さんは、「屋良(朝苗)主席を誕生させたような(一九六八年の)三大選挙と同じようなたたかいをしよう」と訴えました。

 那覇市首里の玉那覇俊子さん(54)は「基地を一日も早くなくし、私たちのくらしをよくしてほしいという県民の願いを託せるのは、あらかきさんしかいません」とさかんに拍手を送っていました。