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2002年11月3日(日)「しんぶん赤旗」

赤旗まつり

ざっくばらん問答 あったかく

母親のこと、平和への思い、書記局長の仕事の話

書記局長 市田忠義さん
パントマイミスト 松井朝子さん

 日本共産党書記局長の市田忠義さんと、パントマイミストの松井朝子さんとの「ざっくばらん問答」。市田さんの入党の原点から党活動にかける思い、躍進への決意が会場の参加者にしっかりと伝わりました。


松井さん 代表質問見ていてもドキドキ

市田さん やり直しきかない真剣勝負です

松井朝子さん(左)とパントマイムを演じる市田書記局長=2日、東京・江東区夢の島公園

 中央舞台のスクリーンにオリジナルのパントマイム「キモノマイム」が映り、紫のパンツスーツで松井さんが登場。会場と一体の「市田さーん」の呼びかけに、両手を振りながら市田さんがステージに現れました。

 話題は臨時国会の代表質問から。「お年寄りや障害者、額に汗して働く国民や中小企業に光を当てることこそ、政治の果たすべき責任ではありませんか」。質問映像が流れます。

 松井「テレビで見ながら、自分が壇にあがるみたいにドキドキしてしまいました」

 市田「やる方もドキドキします。代表質問もテレビ討論も演説会も、やり直しのきかない真剣勝負ですから」

 NHKの「日曜討論」で拉致問題を使いデマ攻撃する公明党幹事長との論争には、松井さんから「これからもビシビシと追及して、真実を表してほしい」とエールがおくられます。

 昨年末に大腸がんの手術をした市田さん。病巣を取り除いて以前より体調がよくなったという話から、市田さんの「書記局長」という仕事に話題が移ります。

 松井さんの「『赤旗』を読むと超多忙で神出鬼没。どういうお仕事なんですか?」との問いに、市田さんは「何でも屋」と表現。市田さんが心を配っているのは、地方の党組織が党中央に、中央の各部局が市田さんに遠慮なく物が言えて、相談できること。「まだまだ不十分ですが、中央と地方の心の通い合いがあるよう努力したい」とのべ、松井さんは「いいですね。私たちの代表という感じ」と応じました。

 バックのスクリーンに、市田さんが日本共産党に入党し、党職員として働きだした京都時代の若い若い写真が映し出されます。一九七〇年代の党躍進の時代。市田さんは「一九七二年の自民党の得票率は46%だが、昨年の参院選では38%ほど。国民と自民党政治との矛盾はいまのほうがするどく、がんばればもっと躍進できる」と情勢を語りました。

市田さん 80歳で入党した母、遺品の中には…

松井さん 戦争反対の声今こそ大きくして

 なぜ入党したのか―。市田さんは、戦争で八人の兄弟のうち四人を亡くし、父親も早く世を去ったため母親が苦労した姿を見てきました。息子が党職員になることに反対した母親は、八十歳のときに入党。遺品には、「赤旗」や京都民報に載った市田さんの写真や記事の切り抜きと、歌集が残されました。

 夜学び 昼は勤めて得しお金 肉など買えと送りてくれぬ

 図書館で働きながら仕送りし、立命館大学の夜間部で学んだ市田さんの姿を詠んだ母の歌です。

 市田さんは「戦争や曲がったことが嫌いで正義感が強く、ロマンチストの母の生き方を見て、人間が人間らしく扱われ、まじめに働く人間が報われる社会になればとの思いで自然に入党した」とのべました。

 戦前、祖父が逮捕されたという松井さん。「経済学者だった祖父は学問的立場からこの戦争に負けると思い、それを学生に話して捕らえられました。拷問に近い目にあいました」と語ると会場は静まりかえりました。

 市田さんは、戦前、弾圧に抗して侵略戦争に反対した日本共産党を「動かぬ一点を守り抜いてきた、北斗七星のような存在」と表現した哲学者・鶴見俊輔さんの言葉を紹介しました。

 そして、「戦前戦後、節を守って動かぬ一点を守り抜いた党」として、イラク攻撃に反対する決意を表明。「アメリカが攻撃されたわけでもないのに、気にくわない国を先制的に武力で攻撃するのは、どんな政治的立場であれ、どこから見ても国連憲章違反だ」とのべました。松井さんは「それは絶対におかしいことですね。話し合いで解決することが平和につながる」とのべると、拍手に包まれました。

 松井さんは「祖母は、祖父が捕らえられそうになったときに特高の目を盗んで重要な書類を隠したという人です。ずっと日本の歴史をみてきた祖母が最近、『いま共産党と堂々と言える時代になったんだね、戦争反対と堂々と言えるんだね』としみじみと語ったんですね。その言葉にすごい重みを感じて。いまこそそういう声を大きくしてほしいなと思います」とのべました。

 市田さんは、有事法制の廃案をめざそうと強調。「有事法制を阻止する力は国会での論戦とともに、一枚のビラ、一枚のポスター、五人、十人の署名です。それだけではちっぽけな力にみえるけれども、それが全国で集まると、永田町を動かし、世論を動かし、歴史を動かす原動力となる」とのべると、松井さんは「八方ふさがりの政治の壁をあけていこうという気持ちで」と、八方ふさがりの壁から抜け出すパントマイムを演じました。

 最後に松井さんから、「来年はいっせい地方選挙の年。私たちの暮らしと未来が希望に満ちあふれるように、共産党と市田さん、がんばってください」と熱いメッセージ。市田さんは、「さらに新たな峰をつみあげていきたい」。二人で、夢と希望のつまった風船を膨らませるパントマイムに会場が沸きました。

中原ひとみさんのビデオレター

 

松井朝子さんをむかえて「市田忠義書記局長のざっくばらん問答」。画面はビデオ出演の中原ひとみさん
「多くの励ましで治りました」と手術後を語る市田さん。同じ病気を克服した女優の中原ひとみさんからのビデオレターがスクリーンで紹介されました。



 市田さんと初めてお会いしたのは一年半ほど前、北海道で革新懇(平和・民主・革新の日本をめざす全国の会)のつどいのときでした。ご病気はいかがでしょうか。私は今年で(手術をして)五年たちました。市田さんは私より後輩ですので、きちっと検診してお元気になられるようお祈りしております。

 私は政治家の方をあまり存じ上げないのですけれど、初めてお会いしたときにとても柔らかい雰囲気で、誠実そうで、すごくうれしくなりました。これからも考え方が同じなときはいろいろと意見をいわせていただいたり、ご協力させていただきます。日本の政治のために、世界の平和のためにがんばっていただきたいと思います。

共産党、身近に感じました

 鹿児島県から参加した六十代の女性は「言葉に表せないような感動を覚えました。市田さんの温かさ、政治に対する控えめだけどしんの強い姿勢。一つ一つの話に深みを感じました」。東京・練馬区から参加した三十二歳の女性は「今まであまり知らなかった共産党のことがよく分かった気がします。共産党にはがんばってほしい」とのべ、東京・江戸川区の前田秀穂さん(59)は「共産党を身近に感じました」と感想をのべていました。