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土井大助さんの詩集「多摩川の凱歌」
出版を祝う会でのあいさつ

2001.11.24 日本青年館にて



 今日は日本共産党を代表してというよりも、土井大助さんの詩のファンの一人として寄せていただきました。私が土井さんにはじめてお会いしましたのは、確か今から十五・六年前だったと思いますが、亡くなられた西口克巳さんの著作集の出版記念会が京都で行なわれたときでした。

 先日、奥さんの西口のぞみさんとお電話で話をしていましたら、「多摩川の凱歌」を知り合いの人に見せたら、世の中にこんなにわかりやすい詩があるのか、これは本当に詩ですか、という質問を受けたので、土井さんの詩の真骨頂というのは、わかりやすさと、力強さだ。土井さんの人格や人間そのものが現れている、というふうにその人には言っておいたと、語っておられました。

 たしか、黒田三郎さんだったと思いますが、難解な詩がはびこる中で、土井さんの詩のわかりやすさこそが、自由と民主主義の闘いの武器だ。わかりやすいというのはただ平易だということではなくて、土井さんの詩が、闘いの歌であり、決意の歌であり、友愛の歌であり、激励の歌だから、読む人にとって大変わかりやすいんだ。そういった意味のことをお書きになっていたのを思い出しますが、私もまったく同感であります。

 土井さん自身が、自分の詩のモチーフもテーマも、日本の民主主義的な変革という大課題の外といいますか、そこから離れて生起することはなかったと、自らそうおっしゃっていますが、時事的、社会的な問題を主題にした、時には日本共産党そのものを主題にした詩をたくさんかかれる数少ない詩人の一人だと思います。ともすれば、そういう主題の場合、硬直的といいますか、くささが出るもんですが、土井さんの詩にはそれがまったくないのが特徴だと思っています。それでいてというか、そうであるがゆえに、きわめてというか、確固とした党派性が詩そのものの中に貫かれているように思います。土井さんの詩が人の心を打つのは、土井さん自身が政治や社会や人生にどう立ち向かっておられるかということが、書かれる詩を通じて相手に伝わるからじゃないかな、そういう風に思います。

 私は立場上、去年の今ごろからテレビ討論会への出演や演説をする機会がふえました。とくにテレビというのは論理と同時に、その人間の全人格が映像を通じて相手に伝わるわけですから、息遣いや間合いだとか姿勢まで批判の対象になります。あなたの猫背何とかならないかという投書までまいります。もっとかき分けて押しのけてやれだとか、わかりやすく端的に短くとか、ネクタイの色にまでいろいろ注文がつきます。大変苦労しているところなんですけれども、私は、詩とテレビ討論や演説とは当然違いますけれども、何かどこかに共通するものがあるんじゃないかな、と思います。土井さんの詩から私自身が学んで、もっとわかりやすく、力強く、そして個性的に相手の議論とかみ合って議論できるように努力したいと思っています。討論のとき一回の発言が一分なんですけれども、一分たちますとランプが点滅しまして、一分半でそれが付いたままになって終われということになるんですけれども、結論から先にいえ、という注文もあります。いろんな面で独特のリズムと力強さとわかりやすさを持った土井さんの詩から私自身が学んで、今週は明日テレビ討論がないんでけど、その次またあれば、それを身につけてがんばりたいと思ってます。

 土井さんがますますお元気で、国民を励まし、闘いの歌、激励の歌、友愛の歌を引き続いてお書きいただくことを心から希望し、期待いたしまして、お祝いの言葉といたします。本当に、おめでとうございました。